JOURNAL とは?

1996年、学生ベンチャー[エイベック研究所]としてインターネットの大海に船出したクオン株式会社。世界の誰もがつながりうる社会に「コミュニティ(多様で生き生きとした、高品位な双方向ネットワーク)」を実現すべく、目まぐるしい技術革新や経営環境の変化に対応しながら、今日まで航海を続けてきました。このJOURNALは、ソーシャルメディアの台頭に見られる「つながる時代」に、ネットワークのクオリティ(Quality Of Network)の追求が重要なテーマと考えて社名に冠した、クオンの代表 武田隆が、各種メディアでの対談を通じて多くの企業経営人やアカデミアなどの識者から得た「学び」を掲載した「クオンの航海日誌」であると同時に、今もなお多くの人々にとって“気づき”につながる示唆を含んだ「知の議事録」でもあります。JOURNALの2本の柱「企業の遺伝子」「対談:ソーシャルメディア進化論」に通底する、事物の「量」では計りきれないその多様な内容に向かう眼差しが、インターネット時代を生きる皆様の羅針盤になれば幸いです。

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対談:ソーシャルメディア進化論とは?

世界の誰もがつながりうるインターネット時代、私たちを取り巻く文化や経済、社会はどう変化していくのか? 日本最大のファンコミュニティクラウドで300社超のマーケティングを支援してきたクオン代表 武田隆が、各分野を代表する有識者との対談を通し、未来を読み解く「知」の最前線を探索します。(2012年〜2019年、ダイヤモンド社が提供するビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」にて公開されました)

「日本のインターネットの父」村井教授が語る インターネットの進化が「生物的」な理由

マイクロソフトが「Windows 95」をリリースした1995年ごろを境に、インターネットは私たちの社会にも広く浸透した。その広まりは「爆発的」とも言えるほどで、たとえば日本国内だけを見ても、2000年にはわずか4708万人だったインターネット利用者数(人口普及率37.1%)は、その15年後の2015年には1億46万人(同83.0%)へと驚異的な伸びを示している(総務省「通信利用動向調査」)。では、インターネットがこれほどのスピードで浸透した理由とは何だったのか。1980年代から日本国内におけるインターネットの先駆けとなった大学間ネットワーク「JUNET」設立を主導するなどインターネットの技術基盤づくりに携わり、「日本のインターネットの父」と呼ばれる慶應義塾大学の村井純教授に、インターネット発展の背景を聞いた。 

創立時からインターネット環境が整っていたSFC 

武田 本日は、「日本のインターネットの父」と呼ばれる村井先生にお会いできて、非常に感激しております。私は1994年にコンピュータを使ったマルチメディアの創作をし始めました。そのあとインターネットに触れて衝撃を受け、そのまま学生ベンチャーとして1996年に起業したんです。 

村井 ではかなり初期の頃ですね。まだ「インターネット」という言葉もそれほど認知されていなかった時代でした。 

武田 ええ、まさにインターネットの黎明期です。 

村井 ニフティやPC-VANなどの通信企業が、個人向けのインターネット接続サービスを始めたのがちょうど1994年頃。1995年にはインターネット接続機能が搭載されたWindows95が発売されましたね。そんななか、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)では1990年の創立時からいち早くインターネットのインフラを整えていました。 

武田 起業仲間にSFCの2期生がいたんです。彼に誘われて、1995年にSFCを訪問した時のことは今でも鮮明に覚えています。まだ開設されて間もないピカピカのキャンパスを歩いて建物に着くと、自動ドアが音もなく開き、何台ものワークステーションが整然と並んでいて……。
 私が当時通っていた大学はまだ自動ドアすらありませんでしたから(笑)、まるで『2001年宇宙の旅』に出てくる「白い部屋」のような未来感を覚えました。それに、回線の速さも当時としては驚異的でしたよね。 

村井 ここSFCで日本全体をつないでいましたからね(笑)。1995年といえば、僕の新書『インターネット』が出版されたのも同じ年でした。 

武田 このご著書は、実は当社の必読書になっているんです。『インターネット』の感想文を書いて上長の評価を受けることが、社員の昇格の条件のひとつになっていまして。「インターネット・カンパニー」を自負する組織の一員として、社員が理解しておくべきインターネットの“DNA”は先生のこの本にすべて集約されていると思っています。 

村井 こんなに古い本を、ありがとうございます。最近この本が教科書や入試問題に使われることがあって、僕も時折読み返すんですよ。発行から20年以上も経っていますが、言いたいことは今でもそれほど変わらないなと思います。 

武田 普遍的な名著です。今日は、その内容について直接村井先生にうかがっていきたいと思います。
 まず、「はじめに」では「インターネットはプロトタイプである」とおっしゃっていますよね。これはどういう意味なのでしょうか。 

村井 インターネットに限らず、新しい技術は皆プロトタイプですよね。使ってみなければわからない。だから、使ったうえでその技術についての議論を進めていくことになる。まずはリスクを恐れず、使ってもらうことが必要なんです。
 近年注目されているAI(Artificial Intelligence:人工知能)もそうだと思います。「AIが暴走したらどうするの」とか「ラーニングのデータがそもそも偏っていたらどうするの」といったことを考え出すと、前に進めないんですよ。 

武田 テクノロジーの進化が阻まれてしまうんですね。 

インターネットは「いいかげん」だから発展した 

村井 当時のインターネットは、今のAIよりもリアリティがなかったんですよね。たとえば、「AIに仕事をやらせる」というのは、すでにそういう仕事も出てきているし、ある程度イメージが湧くでしょう。
 でも、1990年代初めに「電子メールが送れるよ」と言われても、それがどういうことなのかまったくイメージできていない人が多かったはずです。 

武田 「電話があるんだから、そんなものは必要ない」という人もいましたね。 

村井 これで仕事の仕方が一変するなんて、思いもしなかったでしょう。新しい技術が導入されると、悪いインパクトと良いインパクトの両方があるのは当たり前です。悪い方ばかり考えていると、いつまで経っても社会が前進できません。
 未完成な状態でサービスを提供して、どんどんアップデートしていくというのはソフトウェアの世界では当たり前ですよね。そういうことも含めて、インターネットは「プロトタイプ」だと思ったんです。インターネットというシステム自体、社会においてはとても大きなチャレンジでした。 

武田 先生はご著書の中で、インターネットのことを「『いいかげん』な技術の集合」だとも書かれています。 

村井 それは、インターネットが今までの中央集権的な仕組みとは違い、自律分散の仕組みを採用していることから来ています。みんながそれぞれ好き勝手に動いても、ゆるやかなコンセンサスがあればだいたいうまくいくように設計されている。ある種の多様性を前提として、それでも動くシステムをつくろうというのがインターネットの設計理念としてあります。 

武田 その自由度が許容度につながっていったんですね。 

村井 それと発展ですね。しかも、インターネットは「失敗したらやり直そう」という発想なんですよ。
 たとえば、年賀状配達のことを考えてみてください。年賀状を運ぶときにもし配達員が郵便物を捨ててしまったら、その年賀状はもう永遠に相手に届きません。これがアナログ。でも完全に複製できるデジタルデータは、誰かが捨ててしまったら、もう一度送り直せばいい。この原理を使っているのがインターネットのおもしろいところですね。 

エンド・トゥ・エンドというアイデアの強み 

武田 いわゆる「エンド・トゥ・エンド」ですね。学生の頃、SFCに通っていた仲間に「インターネットの特徴は何か」と聞くと、彼らは決まって「それはエンド・トゥ・エンドだよ」と答えるんです。最初に聞いた時には意味がわかりませんでしたが(笑)。 

村井 「エンド・トゥ・エンド」というのは、ほとんどの仕事はエンドシステムがやるという原理ですね。インターネットの場合、エンドシステムというのは個人の端末、パソコンなどが担っている部分です。エンドシステムがしっかりしていれば、「中間」のシステムがある程度“適当”であってもシステム全体としては問題なく機能します。 

武田 それが可能になったのは、「パケット通信」という画期的なアイデアがあったからこそですね。長いデータを細かいパケットに切り分けて送ることで、エラーが起こったところだけ再送すればよくなりますから。 

村井 信頼性を要するデータを送るときは、「エンド」である両端のコンピュータが厳密にコントロールする。そうではないデータのときは「ゆるく」送ればいい。電話などの既存のデータ通信と違って、インターネットでは送り方が選べるようになりました。 

武田 文章を送るときは1ビットでも狂いが生じると困るけれど、ビデオ通信の場合は1秒間のうち何コマか抜けてしまっても人間の眼では気づかないから、それほど厳密でなくてもよい、と『インターネット』で書かれていますね。
 この、「場合に応じて送り手と受け手が通信の仕方を決めればいい」という許容度をインターネットに持たせたことの意味は大きかったと思います。 

村井 そう、しかも両端のコンピュータがデータ通信に必要なほとんどの処理をするようになったので、「中間」はずっと簡単なものでよくなった。そうするとインターネット網を敷くコストは、電話などのそれまでのデータ通信網よりも格段に下がったんです。 

武田 コストを大幅に抑えられたことも、インターネットの爆発的な広がりを生んだ理由のひとつだったのですね。 

村井 さらに、エンドシステムの性能が上がればインターネットそのものが向上する。これはものすごい可能性を秘めていました。パソコンの性能は1995年に比べて、劇的に良くなったでしょう。 

武田 1994年、私が最初に買ったのは当時「最新のマルチメディア機」と謳われたMacintoshのQuadra 840AVでした。マイクロソフトとつば競り合いを演じていたアップルが満を持してリリースしたマシンでしたが、メモリは8メガバイトでした。 

村井 それは今武田さんが使っているスマートフォンより小さいですよね(笑)。 

武田 比べ物になりません。Quadraはたしか本体だけで40万円もしました。借金までして買ったのに、お金を返すためにアルバイトのシフトを増やさなければならなくなって、せっかく買ったマシンを触る時間どころか寝る時間すら削って、パスタ店とカラオケ店でのバイトに明け暮れていました。 

村井 それは大変でしたね(笑)。今のスマホって、当時10億円した最高のコンピュータより処理速度が速いんですよ。エンドのコンピュータの性能が1000倍になったら、インターネットの性能も1000倍になる。そんなふうに発展してきたんです。 

武田 先ほど、先生は「インターネットは自律分散の仕組みを採用している」とおっしゃいました。これはつまり、何らかの「中心」があってそれが隅々まで制御するのではなく、個々のネットワークが自律的な存在であるということですよね。 

村井 ええ。そうすると、例えば地震が発生してどこかのネットワークがダメになっても、他で代替できたりする。ホストコンピュータが全部の処理を行うのではなく、各地に点在するコンピュータがそれぞれの能力に応じて計算を分担することもできる。そうすることでシステム全体としての強靭性が生まれます。 

武田 インターネットが初期に持っていたそれらテクノロジーとしての性格が、そのまま引き継がれて今の発展につながっているんですね。 

「生物的」補完システムがインターネットの理想 

村井 いえ、逆ですね。そもそも自律分散システムの理想の姿がゴールにあって、インターネットはそこへ向かって成長しているというほうが適当かもしれません。そして、その自律分散システムの理想は「生物」なんです。 

武田 生物、ですか。 

村井 自律分散システムの理想というのは、先ほどの地震の例のように、どこかが機能しなくなったとしても他で補完し合ったり、協調し合ったりできるというものです。
 これって、動物の体の機能や生存本能に近いと思いませんか? 役割分担というのも、人間が生存確率を高めるためにやることの1つだと考えられます。 

武田 生物の本質が、インターネットというテクノロジーによって発露しているんですね。 

村井 そうですね。SFCの近くの湘南慶育病院では、「スマートリハビリ」というものをやっています。重度の麻痺に対して、脳波データと電気刺激を組み合わせてその回復を図る技術などを用いたリハビリなんだそうです。
 たとえば、左の脳のとある運動領域が破壊され、右手が動かなくなってしまったとします。このような場合、スマートリハビリでは、右の脳で右手を動かす訓練をするんだそうです。 

武田 右の脳で右手を動かす……そんなことが可能なのですか。 

村井 見学させていただいたのですが、とても興味深いですよ。脳波を見ていると、左の脳で右手を動かすような変化が徐々に現れてくる。患者はそれを見て「こういうふうに頭を使えば、右手が動かせるようになる」という学習をしていくんです。
 スマートリハビリという言葉の響きから、機械と最先端の技術を使って科学的なリハビリをするものだと想像していたのですが、意外と地道で根性が必要なリハビリでした(笑)。これも左の脳を右の脳が肩代わりする、つまり補完するということの例ですよね。 

武田 そうしたことをネットワークで行うのがインターネット、つまり自律分散システム理想であるということですね。 

村井 そうはいっても、これまでのコンピュータのCPUはそれほど性能が優れていませんでしたし、メモリも小さかった。理想にはほど遠かったんです。しかし性能が上がることでどんどん問題が解決されて、最近のインターネットは理想に近づいてきたわけです。 

WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)は何のために誕生したのか 

武田 先ほど、インターネットは自律分散システムの理想、というお話がありました。1991年にインターネット上にワールド・ワイド・ウェブが出てきて、その後ソーシャルメディアの発展につながっていきましたが、それも自律分散というモデルを象徴しているのでしょうか。 

村井 まず、ワールド・ワイド・ウェブがどうやって出てきたのかを見ていきましょうか。 

 インターネットのネットワークが広がっていくと、情報交換の方法が、2つのコンピュータ間で権限を持つ人間同士がファイルを転送する方法から、「このファイルは誰でも見ていいですよ」「ここにファイルを置いたから自由に持っていってください」というFTP(ファイル・トランスファー・プロトコル)に変わっていきました。
 そうして個人が、論文やソフトウェアのファイルを公開するようになっていきました。そのことが結果として、ネットワークに貢献することとなったのです。 

武田 でもその仕組みだと、どこのコンピュータにどんな情報があるかを知っていなければ、情報を取りにいけませんよね。 

村井 そうなんです。ネットワークが小さいうちは、データを集めてFTPのアーカイブをつくって対応していました。ユーザーがファイルを取りにいくコンピュータは、だいたい集中してきます。集中するのは大学などのコンピュータですから、そこにファイルの情報を集めていた。
 しかも、慶應のコンピュータならこういう情報、米国のバークレーのコンピュータならこういう情報の山がある、ということがみんななんとなくわかっていたので、探しにいくのもわりと簡単でした。
 でも、インターネットがさらに広大になっていくと、情報の山を管理するのにお金がかかってしょうがなくなってきた。大規模なデータベースというのは、幅広い分野の最新情報を集めるのには向いていないのです。当初は、索引で情報を探そうとしていたのですが、索引をつくる作業自体が大変な労力を必要とするようになってきました。 

武田 そこでリンクが集まった「ポータル」が登場するわけですね。 

村井 情報を集めて置いておくのも、検索のための索引をつくるのも大変。だったら、バラバラに置いてあるデータはそのままにして、その代わりデータの所在を示す指標、すなわちリンクを置こうという発想になったんですね。必要な情報は、そのリンクが指している方向をたぐっていけば集められる。
 この仕組みで世界中の情報がお互いに複雑に絡まり、ワールド・ワイドな「ウェブ(蜘蛛の巣)」が編まれるようになりました。 

武田 ウェブの最初の構想を打ち立てたのは、CERN(欧州原子核研究機構)で働いていたティム・バーナーズ=リーです。 

村井 彼のもともとの発想は、ウェブのような仕組みがあれば世界中の論文にアクセスしやすくなる、ということだったのではないかと思います。ここで、最初の武田さんの話に戻りましょう。ウェブの登場で何が変わったかというと、一番大きく変わったのはAIだと思うんですよね。そして、それにはソーシャルメディアが関係している。 

武田 ワールド・ワイド・ウェブとソーシャルメディア、そしてAIがここでつながるんですね。 

ソーシャルメディアでの発言はAIの学習データとなって活用される 

村井 今は、ソーシャルメディアでの発言を分析するだけで、なんでもわかってしまうでしょう。そしてそのデータは、AIの学習に活用されています。
 僕は1980年初頭にスタンフォード大学に行ったとき、コンピュータが哲学科で使われているのを見て驚きました。それまでの哲学というのは、書物を読み込んで思想を理解していくものでした。でもその研究室では、哲学者の著作をデータとして読み込んで、頻出する単語をもとにその時代の哲学がどのようなものだったのかを分析していたのです。
 このときのデータは、文章を手で打ち込んで作成していましたが、今はもうウェブ上に言葉がたくさんあふれているので、それをそのまま使うことができます。
 しかもツイッターなどのソーシャルメディアだと、位置情報まで紐付いているものもある。僕の研究室の学生が以前、ツイッターのつぶやきから箱根駅伝のランナーの速度を算出するシステムをつくっていました。 

武田 つぶやきからランナーの速度を……いったいどういう仕組みなのでしょう。 

村井 ツイッターで「箱根駅伝」というキーワードが入っているツイートを収集するんです。そして、その位置情報をリアルタイムで分析していく。すると、先頭集団が通った場所でツイートが増加するので、その変化を追うだけで、速度がわかるのです。速度を測るというと、選手にセンサーを付けるといった発想になりがちですが、ツイートからでもわかるんですね。 

武田 集合知で解が出るんですね。 

村井 ええ。そのデータの使い方はとてもおもしろいと思いました。他にも、いま注目しているのは中国のアリババグループが運用している、信用情報管理システム「芝麻信用」(セサミクレジット)です。これにも、ソーシャルメディアのデータが活用されています。 

武田 たしか、同じくアリババグループの金融システム「アリペイ」での支払い履歴などから、信用スコアというものがつけられる、と聞きました。 

村井 そうです。支払い情報もそうだし、交友関係なども信用スコアに加算されているんですよね。自分のネット上の行動や発言だけでなく、友達のそれも格付けに影響してくるんです。
 スコアが上がると、ローンが組めたり、公共のサービスが受けやすくなったりする。いやあ、すごい世界ですよね。中国政府は、将来的にこの信用スコアに参加することを義務付けるという文書も発表しています。 

武田 いよいよ、インターネット空間と現実空間の境目がなくなってきましたね。 

村井 ソーシャルネットワークは、そこまでの力を持っているかもしれない、ということですよね。今後問題になるのは、フェイクデータでスコア算出などの処理を乱されることでしょう。偽のデータで個人の格付けが上下させられるとしたら、大変なことですから。 

ネット上のコミュニティを分析することで見えてくるもの 

武田 私どもが提供しているサービスも、ネットワークから人の行動原理や行動を引き起こす人のつながりが読み取れるのではないか、という発想がもとになっているんです。
 100社くらいの企業の消費者コミュニティをネット上につくり、行動データを分析したところ、コミュニティへの関与レベルと帰属意識はほぼ比例の関係にあるということがわかりました。つまり、関与すればするほど、その企業やコミュニティに集まる人のために何かしたい、という気持ちが高まっていくんです。 

村井 おもしろい分析ですね。 

武田 コミュニティで発生したやり取りを可視化した図がこれなんです(下図を参照)。点が人で、点と点を結ぶ繭の糸のような線が、双方向にやりとりがあったという記録です。こうして並べてみると、その形は企業ごとに違うことがわかります。 

クオンが提供する消費者コミュニティ内のつながりを可視化するテクノロジーを使って描かれた「ソシオグラム」。
点が人で、点と点を結ぶ繭の糸のような線が、双方向にやりとりがあったことを表す。
左上から時計回りに、ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社、ライオン株式会社、
株式会社クレハ、資生堂ジャパン株式会社、日本ルナ株式会社、株式会社ドールの消費者コミュニティ。

(出典)クオンの会社案内『Q・O・N』pp.62-63 

村井 これは……ヤバいですね! 個々の関係性もわかるとしたら、すごいことです。海外の企業にも応用できるんですか? 

武田 2015年にベルリンに支局を設立し、いま海外展開も進めているところです。 

村井 これはおそらく、企業文化も反映されてきますよね。その企業が倫理的かどうかというところも見えてきたら、海外の企業はすごく興味を持つと思います。 

武田 私たちは、ネットワークからアイデンティティが立ち現れると考えているんです。ネットワークを見れば、その企業が愛されている理由などもわかります。
 このサービスの原点は、パソコン通信にあるんです。パソコン通信の、匿名で寄り集まって「場所」の感覚が生まれていたあの感じ。それがとても温かくて、いいなと思っていました。あの感覚は、今のソーシャルメディアにはないものですよね。 

村井 たしかにパソコン通信は同好会というか、独特の雰囲気がありましたよね。ファシリテーターがちゃんといましたし。 

武田 ええ。いわゆる「シスオペ」ですね。私たちのコミュニティにもファシリテーターがいるんです。パソコン通信の世界観を、どうにかネット上に載せられないかと思ったのが、現在の消費者コミュニティのプロジェクトの始まりでした。
 具体的には、同じアイコンを使って会話を繰り返すと、そこで場所の感覚が生まれるのではないかという実験から始めました。場所の感覚が生まれればそこにロイヤリティも育つはずだ、そしてそのロイヤリティを企業と消費者の関係構築に活かせるのではと考えたんです。 

村井 ロイヤリティは、その場所への信頼とつながっています。武田さんはコミュニティのデータを収集して、ロイヤリティや場への信頼がどう生まれるのかを分析してきたわけですね。おもしろい。
 パソコン通信はほとんど消えてしまったけれど、武田さんの考えたサービスにそのエッセンスが残っている。インターネットが生まれてから、さまざまなサービスが生まれては消えていきました。でも、必要なものは必要な形で残っていく。そのことを改めて実感しました。 

喜んで使う人が増えると、確実にテクノロジーは広まっていく 

村井 武田さんは「今のクオンのコミュニティサービスはパソコン通信が原点にある」とおっしゃいましたよね。実はパソコン通信に関連して、1992年にこの慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)でちょっと面白いことをやっていたんですよ。 

武田 どんなことでしょうか。 

村井 パソコン通信って、本来はそれぞれをつないではいけないんです。PC-VANならPC-VAN内で、NIFTY-SERVEならNIFTY-SERVE内で通信する決まりになっていました。それらの相互接続には特別な方法と許可が必要とされていました。 

武田 そうでした。それぞれのパソコン通信は独立した一つの“島”で、別の“島”のユーザーとは通信することができませんでしたね。 

村井 そして当時、SFCからPC-VANとNIFTY-SERVEとASCIInetを専用回線でつないで、インターネットとパソコン通信のメール交換実験をやっていたんです。そのうち、PC-VANからSFCを介してASCIInetやNIFTY-SERVEへ、といったメールのやりとりもできるようになりました。 

武田 “島”と“島”とをつなげる……そんな実験が、ここSFCで行われていたとは……! ひとたび回線につなげば、日本中のあらゆるコンピュータがSFCを介してつながれるようになった歴史的瞬間ですね。 

村井 本当は1対1の実験だと言いながら、メールをUターンさせているのは裏をかいているみたいでよくない……とは、あまり思っていませんでした(笑)。 

武田 思っていなかったんですね(笑)。実にインターネット的なご意見です。 

村井 だってどう考えても、メールは誰にでも送れるようになったほうがいいですからね。
 そのうち、当時のニフティ岡田社長が「メールが届くということが、こんなに多くの人に好評です」と公に説明し続けたので、インターネットとパソコン通信とのメール交換が認められるようになりました。
 まあでも、今思うとけっこう危ない橋を渡っていましたね。そもそも、インターネットそのものが法的にかなりグレーな代物だったんですよ。 

武田 といいますと? 

村井 通信の交換業務は、本来、事業者としての届け出が必要なんです。でも、インターネットは、IP(インターネット・プロトコル)で交換してつないでいくわけで、端末があれば誰でも交換していることになる。だから当時の郵政省のデータ通信課に行って、「誰でもできるからやりたいです」と言ったら、「よいことだから、やってもいいんじゃないですか」と言っていただきまして。
 まわりが「違法なんじゃないか」と心配するので、許可をもらった証拠の書類を書いてもらおうとしたんですけど、それは書いてもらえませんでした。 

AI恐れるのではなく、まずプロトタイプとして使ってみる 

武田 テクノロジーの進歩が早すぎて、法律の対応が追いつかなかったんですね。 

村井 ユーザーが喜ぶほうが先なんですよね。そうすると、もう止められない。今の中国もそうですよ。アリババのサービスができる以前は、中国では遠隔の商取引が成り立たなかったんです。物が先に届けば、お金を払わない。お金を先に払ったら、物が届かないという具合に。
 その問題を解決するためにアリババ創業者のジャック・マーがやったのは、銀行の口座を押さえることでした。品物が届いたという連絡が来たら、ネット上でそれを確認し、アリババがお金をリリースする。この単純な仕組みで、中国の電子商取引が一気に成立するようになりました。 

武田 仕組みは単純ですが、それを今まで誰もやらなかったわけですね。 

村井 そうですね。これ、中国でもグレーらしいですから(笑)。 

武田 そうなんですか!(笑) 

村井 ジャック・マーが言ってましたよ。「日本だと、人の銀行口座を横から手を突っ込んで抑えるのは金融法違反なんだよ」と伝えたら、「それはそうだろうね。中国でも金融法違反だから」と。でも、これで信用という大問題が解決されて、中国の社会が変わってしまった。みんな大喜びなので、もう国も止められない。そうなると、法律のほうが変わっていくんです。ジャック・マーはもう、国のヒーローですよ。 

武田 プロトタイプの強さですね。 

村井 だから今、社会的にAI(人工知能:Artificial Intelligence)が怖がられすぎているのが気になっています。
 その恐れを乗り越えて社会的に活用されていくためには、まずプロトタイプとして使ってみて、いったん評価をする。うまくいっていたら先へ進む、というやり方をとるのがいいと思います。そして、開発の過程やアルゴリズム、データの取り扱いなどを透明化していくことが必要ですね。 

中国で注目される、日本人の倫理観 

武田 しかし、中国は遠隔での取引が成立しないほど、人々の間に信頼性が確立されていなかったんですね。 

村井 その点で日本は、注目されていますね。中国は今、国民全体のモラル向上を大きな目標にしています。だから、信用情報管理システムも導入しようとしている。そこでお手本になるのが、日本だと考えているわけです。先のサッカーワールドカップで日本人の観客がゴミ拾いをしていった、といったニュースが中国でも大きく報じられていましたから。
 これは世界的な流れでもあります。インターネット関連のシンポジウムで「これからのインターネットで、一番大事なことは何か」という質問に対し、世界中から参加している学者たちが口を揃えて“ethics(倫理)”と答えるんですよ。
 そこで、パネリストたちが日本からの参加者である僕の方を見るんです(笑)。 

武田 倫理的な人間の代表とみなされているわけですね(笑)。話を振られて、先生は何とお答えになるんですか? 

村井 「がんばります」としか言えないですよね(笑)。おそらく世界の人は、日本人は東日本大震災のときにも食料の奪い合いなどをせず整然と列に並んでいたとか、火事場泥棒がなかったとか、そういうことをイメージしているんでしょう。
 実際のところは、犯罪行為がなかったわけではありません。いい報道だけを見て、「日本人はモラルがある」という幻想を抱いているのかもしれない。
 でも、電車の乗り方などを見ていると、人を押しのけたり、床に座ったりしないなど、他国と比べてちゃんとしているなとは思いますよね。車内で通話しない、というのも国際的に見ると珍しいルールです。人の迷惑になることはやめましょう、という刷り込みは強い。 

武田 世間体という言葉は悪い意味でも使われますが、それをネットワークだと解釈すると、世間体があることでモラルが保たれているのかもしれませんね。 

村井 そうかもしれません。中国は企業に対する忠誠心みたいなものも、日本から学びたいと考えているようです。何年か前に中国の書店に立ち寄ったら、稲盛和夫さんの本が何冊も平積みになっていました。 

武田 「アメーバ経営」を考案した京セラの創業者で、近年では日本航空を建て直したことでも知られる稲盛さんですね。 

村井 何人かに理由を聞いたところ、稲盛さんの「従業員は家族だと思え」といった教えが参考になるんだそうです。というのも、中国のベンチャーは急成長して上場したら、創業メンバーがキャピタルゲインを得て、みんな辞めてしまうのだとか。 

武田 持ち株を売却して、いなくなってしまう。会社を1つの“命”と考えるのではなく、自分たちがキャピタルゲイン(上場益)を得るための“モノ”と考えているのですね。経営者の1人として残念に感じます。 

村井 経営トップがそのような倫理にもとる振る舞いをしていたのでは、社会に貢献する会社として成長するのが難しい。だから、稲盛さんの本を読んで日本的な組織のあり方を学んでいるそうです。 

地球社会に向けてインターネットはこれからも発展し続ける 

武田 最後に、先生に「この先のインターネットはどうなっていくのか」についてうかがいたいと思います。 

村井 そうですね、インターネットにおいて大事なのは……そうそう、僕が1995年に出したこの『インターネット』という本、タイトルを失敗したと思っているんですよ。 

武田 えっ、そうなんですか。これ以外にはないタイトルだと思うのですが……。 

村井 カタカナで『インターネット』じゃなくて、『Internet』にすればよかった、と思っているんです。
 そもそも、インターネットはなぜインターネットと名付けられたかわかりますか? 

武田 inter-net、つまり「ネットワークの中のネットワーク」という意味ですよね。 

村井 そうです。インターネットは英語で書くと「Internet」。では、なぜ「I」が大文字で表記されるのか。
 「I」が大文字なのは、それが地球上に1つしかないということを意味しているんです。これこそがインターネットにおいて一番大切なことだと僕は考えています。にもかかわらず、書名がカタカナで『インターネット』では「地球上にただ1つ」というニュアンスがうまく表現しきれていなかったな、と。 

武田 地球でただ1つであり、それによって全人類がつながれる、ということが大事なんですね。 

村井 そう、全人類、全地域、全産業領域が共通につながれるというのがインターネットです。そこは絶対に守らなければいけない。だから、安易にサイトブロッキングなどをするべきではないんですよね。
 そしてさらに、全人類をつなげるためにインターネットはこれからも発展していきます。今は低軌道衛星を飛ばして、地球上どこでもインターネットをつなぐ計画も進んでいます。これが実現すると、南極でも、海上でも、山奥でもつながる。
 今インターネットのカバレッジは全人口の60%を超えていますが、それを限りなく100%に近づけることはできるはずです。 

武田 それが実現したときに、先生が「地球社会」と呼ぶボーダレスな社会が実現するのでしょうか。 

村井 そこにはやはり壁もありますけどね。例えば、GDPR(EU一般データ保護規則)は、Google、Apple、Facebook、Amazonといったアメリカの企業がデータを掌握することに対して、真っ向からぶつかっていっているわけです。こうした衝突を経て、国際調整でルールが整備されて、グローバルな足並みが揃ってくる。それができれば、革命的に変わる分野もあると思います。 

 例えば医療。今、医療制度は国ごとに決められていますが、これがボーダレスになってくると、国をまたいだ遠隔医療が爆発的に発展するでしょう。今まで高度な医療の恩恵を受けられなかった人が、適切な治療を受けられるようになる。特殊な病気にかかった人が、遠く離れた国にいる凄腕の専門医に手術してもらうことも可能になるかもしれない。 

武田 そうした分野は、ぜひ全世界で協力して発展させていくべきですね。 

村井 インターネットというグローバルな空間があり、それぞれの国のレギュレーションがある。この2つを結びつけながら、未来を創っていけたらいいですよね。 

村井純(むらい・じゅん) 慶應義塾大学環境情報学部教授/大学院政策・メディア研究科委員長 工学博士(慶應義塾大学・1987年取得) 1984年日本初のネットワーク接続「JUNET」を設立.1988年インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを 発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、内閣サイバーセキュリティセンター サイバーセキュリティ戦略本部本部員、IoT推進コンソーシアム会長他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、 国際学会等でも活動。2013年「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。「日本のインターネットの父」と して知られる。著書に『インターネット」(岩波新書)、『角川インターネット講座(第1巻〉インターネットの基礎 情報革命
を支えるインフラストラクチャー」(角川学芸出版)他多数。[※2018年収録時点]

 

第1回QONアドバイザー会議
〜Quality Of Networkとはなにか?〜

2020年2月5日 赤坂某所。日本を代表する知識人たちが一堂に集結し、次世代の重要テーマ「Quality Of Network」について、議論を白熱させた。このテーマは、クオン社の社名の由来でもある。1996年、学生ベンチャーとして起業し、多くの幸運に恵まれどうにか生き残ってきた。その幸運のひとつは、知の巨人たちとの出逢いだった。「ソーシャルメディア進化論(ダイヤモンド社/2011年)」の出版を機に紡がれた縁は、縁が縁を呼び、クオンの社格には不相応な重厚で貴重なネットワークとなった。「QONアドバイザー会」はクオンにもたらされた幸運の結晶でもある。「アドバイザー会議」に知の巨人たちが集まる…。この知のネットワークのやりとりをクオン社内に留めておくのは忍びない。アドバイザーのみなさまに、会議全録の記事公開をお願いし、快諾を頂いた。
当日、議論は凄まじい密度で展開された。「クオリティ」とはなにか?「ネットワーク」とはなにか?量と質。マスメディアとインターネット。秩序と混沌。人間とAI、意識と無意識。様々な二項対立の関係が次々と暴かれて行く。「Quality Of Network」について考えるということは、多くの矛盾と向き合って行くことなのだと痛感した。動的に冒険的に。そして大きな野望を持って。「QON」は、「Quality Of Network」 の頭文字だ。「QON」は「クオン」と読む。この音は仏語の「久遠」にも通じる。久遠とは、遠い過去または未来のこと。久遠の視野を持って、同じ時代を生きる皆さまと一緒に、ネットワークの多様な現実と可能性について模索していきたい。(クオン代表 武田 隆)

■参加者 ※敬称略
<アドバイザー>
野中郁次郎(一橋大学名誉教授)/ 松岡正剛(編集工学者)/ 村井 純(慶應義塾大学教授)/ 松田修一(早稲田大学名誉教授)/ 池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)/ 佐野弘明(元株式会社電通常務執行役員)
<社外取締役>
アレン マイナー(サンブリッジグループCEO)/ 國領二郎(慶應義塾大学教授)

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