ラジオ番組「企業の遺伝⼦」 2026.03.02
当社代表 武田隆がパーソナリティを務めるFMラジオプログラム「企業の遺伝子」で、株式会社赤福 顧問 濱田典保(はまだ・のりやす)さんをゲストにお迎えした第1週目の放送が公開されました。
今回は赤福の成り立ちについてお話を伺いました。
伊勢名物・赤福餅。やわらかな餅にこしあんをのせた独特の姿は、誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。創業は1707年。実に三百年以上の歴史を刻んできた赤福の原点とは何か。今回の「企業の遺伝子」では、濱田典保さんに、その成り立ちを伺いました。
記録に残る最古の資料は、江戸時代・宝永年間の地誌。当時すでに赤福の名が記されていたといいます。濱田家は代々伊勢で家を守り、現在で11代目。もともとは神宮の神職に関わる家系だったのではないかといわれています。そこから、なぜ餅屋へと転じたのか。その背景には、江戸時代に爆発的な広がりを見せた“おかげ参り”の存在がありました。
全国から伊勢を目指す参拝者たち。交通も整っていない時代に、徒歩や船で長い道のりを旅する人々を支えたのは、御師(おんし)と呼ばれる神宮関係者たちでした。道中の宿や医療、さらには資金のやり取りまでをサポートする仕組みが整えられ、安心して伊勢を目指せる環境が築かれていきます。そうした流れの中で、訪れた人々をもてなす存在として生まれたのが赤福餅だったのではないかと濱田さんは語ります。
特徴的な波形のあんは五十鈴川の流れ、白い餅は川底の小石を表すと伝えられていますが、大量の参拝客をもてなすための知恵から現在の形が生まれたのではないかという見方も。冷蔵技術のない時代、効率と美しさを両立させた職人技が、今日まで受け継がれています。
「赤福」という名は、“赤心慶福”――真心を尽くして喜びを届ける、という言葉に由来するといいます。三百余年続くその想いとは何か。伊勢の歴史とともに歩んできた赤福の原点を、ぜひ番組でお聴きください。