ラジオ番組「企業の遺伝⼦」 2026.10.13
当社代表 武田隆がパーソナリティを務めるFMラジオプログラム「企業の遺伝子」で、日の丸交通株式会社 代表取締役 富田和孝(さいとう・とおる)さんをゲストにお迎えした第1週目の放送が公開されました。
今回は、日の丸交通の成り立ちについて伺います。
戦後の浅草。下駄屋を営みながら、いつかもう一度タクシーの仕事を始めたいと、懸命に資金を蓄える一人の男性がいました。
その人物こそ、日の丸交通の創業者・富田金茂さんです。
戦前からタクシー会社を経営していた金茂さん。しかし、戦時中の企業統合などによって、それまでの事業を続けることができなくなります。終戦後、再びタクシー事業に挑むために始めたのが、浅草での下駄屋でした。
商売で得た資金を元手に、ようやく手に入れた一台のタクシー。自らハンドルを握り、働いてはお金を貯め、二台、三台と車を増やしていく。1950年、こうして日の丸交通の前身となる日の丸自動車が誕生しました。
なぜ、金茂さんは再びタクシーの世界に挑んだのでしょうか。そして、会社を育てる中で、何を最も大切にしていたのでしょうか。
その答えを象徴するのが、現在も受け継がれる言葉です。
「腕よりも心で運転」。
高度経済成長期、東京の街には自動車が増え、乱暴な運転をする「神風タクシー」が社会問題となっていました。そんな時代だからこそ、金茂さんが重んじたのは、運転の腕前だけではありませんでした。
道を熟知し、早く目的地へ着く技術はもちろん大切。しかし、それ以上に、お客さまの気持ちをくみ取り、一人ひとりに寄り添うこと。会話を楽しみたい人には温かく応じ、静かに過ごしたい人には心地よい時間を届ける。そこに、創業者が思い描いたタクシーの姿がありました。
その理念は、三代目社長・富田和孝さんが率いる現在の日の丸交通にも息づいています。
観光客を案内する観光タクシー、妊婦さんや子どもの移動を支える子育てタクシー。専門的な研修を重ねたドライバーが、単なる移動手段を超えた安心とおもてなしを届けています。
時代が変わり、サービスが進化しても、変えてはいけないものがある。
戦後、一台のタクシーに未来を託した創業者の思いは、どのようにして70年以上受け継がれてきたのか。 日の丸交通の原点に刻まれた「心で運転する」という哲学。その誕生の物語と、三代にわたって守られてきた企業の遺伝子に迫ります。