JOURNAL とは?

1996年、学生ベンチャー[エイベック研究所]としてインターネットの大海に船出したクオン株式会社。世界の誰もがつながりうる社会に「コミュニティ(多様で生き生きとした、高品位な双方向ネットワーク)」を実現すべく、目まぐるしい技術革新や経営環境の変化に対応しながら、今日まで航海を続けてきました。このJOURNALは、ソーシャルメディアの台頭に見られる「つながる時代」に、ネットワークのクオリティ(Quality Of Network)の追求が重要なテーマと考えて社名に冠した、クオンの代表 武田隆が、各種メディアでの対談を通じて多くの企業経営人やアカデミアなどの識者から得た「学び」を掲載した「クオンの航海日誌」であると同時に、今もなお多くの人々にとって“気づき”につながる示唆を含んだ「知の議事録」でもあります。JOURNALの2本の柱「企業の遺伝子」「対談:ソーシャルメディア進化論」に通底する、事物の「量」では計りきれないその多様な内容に向かう眼差しが、インターネット時代を生きる皆様の羅針盤になれば幸いです。

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企業の遺伝子とは?

全国に546万社以上あると言われる日本の企業。そのそれぞれに理念、使命、時代を超えて受け継がれる個性があります。2012年から続くラジオ番組「企業の遺伝子」は、成長する企業の遺伝子の解明をテーマに、企業の経営者や社員の方をゲストに迎え私たちの心を揺さぶる色とりどりの企業の生命のストーリーを語っていただいく番組です。こちらのアーカイブでは、その内容を記事として掲載しています。 さらに書籍化した『企業の遺伝子』も、年に一回発刊しています。
(「企業の遺伝子」プロジェクトの詳細はこちら

すべての女性のために愛されるものをつくる

株式会社ワコールホールディングス

<ゲスト>通信販売事業部ウェブストア 営業企画課課長大藪範子さん
※2014年収録

日本人の体を科学し、すべての女性のために
愛される下着をつくり続けてきたワコールは、
ひとりひとりが美しく装うことを大事にしていました。

武田    ワコールの創業は一九四六年ということですね。

大藪    そうですね。終戦後に創業者の塚本幸一が戦争から戻り、和江商事という会社をつくりました。滋賀県・近江の呼び名「江州」にちなみ「江州に和す」という思いでつけていた商号で、後に「ワコール」という形に名前を定めたんです。

大村    もともと女性用下着から始まった会社なのですか?

大藪    創業時は、アクセサリーが中心でした。その頃扱っていた商品の中に洋装用のブラパットがありまして、そこに目をつけて日本人の体に合うように開発したのが始まりです。

大村    着物が多かった当時の女性にとっては見たこともないものですから、ブラパットをつけるってこと自体が大冒険ですもんね。

武田    今まで馴染みの無い文化を啓発していくということも必要だったのではないですか。

大藪    ええ、1950年代後半に下着のショーを百貨店で行い、洋装用の下着とはこのようにつけるんですよ、と啓発もしていました。

4万人と4500万枚と6000針

武田    西洋のものを持ってくるだけではなくて、日本人に合うようにするというのは大きな考え方の変更が必要だったのではないでしょうか?

大藪    そうですね。私たちは新しい下着の産業を「装美産業」と呼んでいました。美しく装うものを提供したい、と提唱していたんです。和服ではなく洋服が似合うような体つきに、体を上手く整えていくような商品を開発していくことを目指しました。ですので、半分はファッション目的ですが、半分は工業製品的という思想なんです。

大村    工業なんですね。みんなそれぞれ体型が違うのに、きちんとフィットしますもんね。

大藪    今以上に当時は、日本人の体つきと欧米の人の体つきが全然違っていましたので、その分、身につける下着にも欧米とは異なる設計思想が必要だったんです。

大村    さらしで胸をつぶしていた時代ですよね。

武田    日本人の体に合うように科学的にアプローチする姿勢は、ワコール人間科学研究所に受け継がれていくのですか?

大藪    人間科学研究所ができた一九六四年頃は、日本人の体型に関するデータがなかったため、商品開発の基礎をつくるという目的で誕生しました。現在は毎年約1000人の女性の人体計測を行い、これまでのべ四万人以上のデータを収集してきました。それも、20代の頃のデータから毎年取り続けて現在60歳という、経年齢データも取っていますので、人間の体が年齢を重ねるにつれ、どのように変化をしているのかも研究しています。

武田    大量かつ詳細なデータですね。ビックデータをシングルソースで追いかけている。ファッションというよりも、サイエンスがメインだったんですね。

大村    何気なく使っているものがここまで地道に計算されているとは驚きです。例えばブラジャーでいうとワコールではどれくらいの商品を販売しているのですか?

大藪    今は世界十数カ国で4500万枚を販売しています。ブラジャーは少なくとも40ものパーツからできているんですが、それをミシンで6000針ほど縫ってひとつの商品に完成させています。工業製品ですが多くは手縫いです。パーツそれぞれの染め色の度合いが違うので色を合わせたり、パーツの伸び縮みを合わせたりして、ひとつの商品をつくりあげているんです。実は職人のような世界なんですよ。

武田    もはや精密機械ですね。まったく知りませんでした。

1964年頃、人間工学に基づいた日本女性の体型計測と研究を本格的にスタートさせた。 左/158ヶ所を計測するマルチン式人体計測法 右/ 1967年に開発されたステレオカメラによる写真計測 

 

本当に愛される商品をつくります

大村    女性用下着の他にはどういった商品があるんですか?

大藪    女性用だけでなく、男性用の下着もありますし、コンディショニングウェア(スポーツ用タイツ)や靴などもつくっています。

武田    商品を開発する上でのポリシーはどのようなものなんでしょうか?

大藪    先程申し上げた「装美」に根ざした研究事業を進めていきたいと考えています。「ボディ・デザイニング・ビジネス」と呼んでいますが、体・健康・美しさの領域で私たちが貢献できることは何だろう、といつも考えながら、美しく体を整えるということをメインに置いて事業を進めています。

大村    データがあるからこそ開発される商品がたくさんあるんですね。

大藪    会社の目標は「世の女性に美しくなってもらうことで広く社会に寄与する」ことなのですが、つまりは「下着を通じて世の中の女性に幸せをもたらす」というところだと思うんです。「愛される商品をつくります」、「より良きワコールはより良き社員によってつくられます」という経営の基本方針が社員に染みこんだ会社だと思います。

武田    創業以来ずっと変わらない姿勢なんですね。

大藪    私は「愛される商品をつくります」という言葉がすごく好きで、商品だけではなく、広報や宣伝を通じて、お客さまに届くという一連の流れ全てが「愛される商品」になっていくんだと思うんです。

武田    CMを見たり、ネットで検索したり、お店で手に取ったりという商品購入に至るまでの体験も全てまとめて、ということですね。

大藪    それが本当に愛される商品なんです!

大村    大藪さんの所属するウェブストア営業企画課とは具体的にどういった部署ですか?

大藪    ウェブで下着販売をする事業部でして、サイト運営、顧客分析、プロモーション関係の仕事をしています。

大村    現在、SNSも大きな力を持っていると思うんですが、こちらも活用されてますよね。

大藪    そうですね。一言でSNSと言いながらも使い方はそれぞれ特徴があると思います。ツイッターはお友だち感覚で情報を伝えて反応を見るような使い方で、フェイスブックは企業の活動を紹介して注目を集める。下着の写真がタイムラインに流れるのはどうかとも思ったのですが、綺麗な写真はシェアされやすいので、ファッショナブルな写真を流すように心がけています。「いいね」率も高いんです。

武田    やっぱり美しいものはシェアされやすいんですね。自社サイトではどういったことをされてるんですか?

大藪    実は、下着の情報というものが世の中にはまだ少ないので、いろんな情報を載せています。「下着アドバイス」というページでは正しいフィッティングや美しいボディメイクについての情報も発信しています。

武田    それほど、下着に関しては聞きにくい環境なのかもしれないですね。

大藪    密かに悩んでいる女性も多いと思います。エイジングやコンプレックスとも関わってきますからね。そういった情報発信もあって、ファンサイトには30数万人の会員がいらっしゃいますよ。

武田    30数万人とは大変な規模ですね。

大藪    会員同士でコミュニケーションしていただくこともできて、商品のオススメや悩み相談なんかが日々起こってるんです。

武田    インターネットの匿名性がコミュニケーションを促しているのかもしれないですね。他にもワコールのホームページというと「スタスタ部」が有名ですね。

大藪    人間科学研究所で開発した商品の中に、歩くことによってよりシェイプアップが期待される「スタイルサイエンスボトム」というインナーがあるんですが、それを使い続けることをサポートするためのコミュニティです。会員の方を募って、みんなで一緒に頑張りましょう、という「部活」のようなものです。参加者は5万人にまでなりました。

大村  「履いたよ」とか「歩いたよ」をサイトに記録しておくんですね。歩くとか走るとかって一人だと続かないものですけど、仲間がいると続けやすくなりますもんね。

使う人とつくる人のシンプルな関係

武田    インターネットだからこそできる企画だと思うんですが、やってみていかがでしたか?

大藪    双方向に開かれたオープンな場所ですよね。以前なら商品がどのように使われているのか、気に入ってもらえているのかわかりづらい状況だったのですが、コミュニティのおかげで、お客さまのリアルな声が聞けるようになってきたのが良い点だと思いますね。

大村    下着って日常生活のなかで大っぴらに話すことではないですもんね。毎日使うものなのでやっぱりいろんな悩みを持ってるんだと思います。

大藪    匿名性が担保された状態であれば結構話しやすいし、自分のことも出しやすいですね。場所を提供してあげれば、お客さまも積極的に意見を言いにきてくれるんです。面白いのは、商品レビューで「こういうところが良かった」とか「こういうところは私には合わなかったから、次買う人は気をつけてね」みたいなやりとりがあって、お客さま同士がすごく助け合いをしているんです。

武田    持ちつ持たれつの関係ができあがっているんですね。

大藪    そうですね、メーカー側が言ってもなかなかすんなり受け入れてもらえないようなところも、レビューなど生の声として出すと意外に理解してもらえるんです。

武田    なるほど、インターネットを「情報を伝えるツール」として見るんじゃなくて「人と人が交流しあう場」として捉えているんですね。

大藪    そうですね。「部活」としてつくったというのが良かったと思います。

武田    消費者からすると「売り手」「買い手」という関係がありますが、オウンドメディア上 につくった場所の中で、消費者や消費者同士のコミュニケーションというのが起こると、これまでの「売り手」「買い手」とは違った関係になるのかもしれないですね。

大藪    ファンになることは、理屈ではないんだと思います。シンプルに、使って良かったからファンになっていただける。そこは仕掛けができないんですよね。それこそ「愛される商品」をつくって、しっかり届けていくことでファンが誕生する。そこの流れがあってこそ、インターネット上の「ファンクラブ」があると思うんです。私たち「売り手」としての考え方が、ちゃんとお客さまに届いていれば、成立するのではないでしょうか。

武田    なるほど。あの手この手の仕掛けではないのですね。

大藪    ええ、「売ってあげる人」とか「買ってあげる人」ではなくて「使っている人」と「それをつくっている人」という関係になっていくべきだと思うんです。

武田    どちらが上でどちらが下ということではなく、フラットに一緒になって商品をつくっているパートナーのような関係ですね。

少しずつ好きになってくれればいい

大藪    マーケティングはお客さまに使っていただいて初めて成立します。声をしっかり聞いて分析して、編集して新しいものに活かして、さらに届けるという「サーキュレイション」がマーケティングだと思うんです。インターネットの有無に関わらず、そのサーキュレイションが結果として、お客さまに心地よく感じていただけるのではないでしょうか。

武田    近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」のようですね。

大藪    そうですね。私たちはお客さまの生活の中で、いかに商品が貢献できるのかをいつも考えています。やっぱり私たちとしては、毎日下着のことを考えていてほしいですけれど、実際にはそんなに考えてはいません。たとえば、新しく買った商品を身につけた時に「新しくて気分がいいな」とは感じますが、じゃあ次の日からその気持ちがずっと続くかといったらそうではない。

大村    毎日は難しいですね。

大藪    実際、下着屋さんで下着を買っていただいた後は、ほとんど考えてもらっていないと思うんです。それが当たり前だと思うんですね。でも、何かの時にちょっとしたきっかけでサイトを見ていただけるとか、商品を感じていただけるとか、もしかしたら何かの「ワオ!」という体験をして、商品をすごく好きになってもらえるかもしれない。そういうことの積み重ねが、愛される商品をつくっていくんだと思います。

大村    とても使う人目線に立たれているんですね。

大藪    社員一人ひとりは「自分たちのつくっている商品はすごく良いもの」と信じていて、商品をすごく愛していますけど、その熱が「いかにしてお客さまに伝わるか」だと思います。工業製品的に生まれた下着が、いまでは実用品としてだけではなく、ファッションとしても捉えてほしいと思っています。

大村    好きな下着を身につけると、とても嬉しくなりますもんね。

大藪    お洋服の情報と同じように下着の情報にもたくさん接していただいて、身につける体験まで含めて愛される商品を生み続けられれば嬉しいですね。

武田    最後に、これから100年後、ワコールはどうなっていると思いますか?

大藪    私たちは「世の女性に美しくなってもらうことで広く社会貢献する」をモットーに活動しており、お客さまには商品だけでなく、情報やサービスをお届けすることが活動の本質だと思っています。ですので、私の予想ですが、100年後はものをつくることだけではなく、もっと情報やサービスを提供することが活動の主軸になっているのではないでしょうか。「より良く生き生きとした生活をおくる女性」を支援する企業として存続していて欲しいと思います。

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