JOURNAL とは?

1996年、学生ベンチャー[エイベック研究所]としてインターネットの大海に船出したクオン株式会社。世界の誰もがつながりうる社会に「コミュニティ(多様で生き生きとした、高品位な双方向ネットワーク)」を実現すべく、目まぐるしい技術革新や経営環境の変化に対応しながら、今日まで航海を続けてきました。このJOURNALは、ソーシャルメディアの台頭に見られる「つながる時代」に、ネットワークのクオリティ(Quality Of Network)の追求が重要なテーマと考えて社名に冠した、クオンの代表 武田隆が、各種メディアでの対談を通じて多くの企業経営人やアカデミアなどの識者から得た「学び」を掲載した「クオンの航海日誌」であると同時に、今もなお多くの人々にとって“気づき”につながる示唆を含んだ「知の議事録」でもあります。JOURNALの2本の柱「企業の遺伝子」「対談:ソーシャルメディア進化論」に通底する、事物の「量」では計りきれないその多様な内容に向かう眼差しが、インターネット時代を生きる皆様の羅針盤になれば幸いです。

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企業の遺伝子とは?

全国に546万社以上あると言われる日本の企業。そのそれぞれに理念、使命、時代を超えて受け継がれる個性があります。2012年から続くラジオ番組「企業の遺伝子」は、成長する企業の遺伝子の解明をテーマに、企業の経営者や社員の方をゲストに迎え私たちの心を揺さぶる色とりどりの企業の生命のストーリーを語っていただいく番組です。こちらのアーカイブでは、その内容を記事として掲載しています。 さらに書籍化した『企業の遺伝子』も、年に一回発刊しています。
(「企業の遺伝子」プロジェクトの詳細はこちら

宇宙から地元ファンを笑顔に

スカパーJSAT株式会社

<ゲスト>メディア事業部門プラットフォーム事業本部プロモーション部長 三上武典さん

※2019年 収録

サッカー放送で成長した「スカパー!」は、さまざまな衛星サービスを提供するアジア最大の衛星通信会社。
お客さまの声を第一に、宇宙から笑顔を届けます。

知花 「スカパー!」は、映画やスポーツ、アニメや海外ドラマなど、いろいろな番組が観られる有料多チャンネル放送です。堺雅人さんが議員に扮して展開しているコミカルなテレビコマーシャルでもおなじみですが、まずは、スカパーJSATの成り立ちから教えていただけますか?

三上 はい。スカパーJSATは、放送と通信の分野で日本のトップを走り続けてきたパイオニアたちが一つになって誕生した日本で唯一、アジアで最大の衛星通信事業者です。

宇宙に衛星を持つ会社

知花 宇宙に衛星を飛ばしていらっしゃるんですか?

三上 はい。今、17機(収録時点)の衛星を保有しています。

知花 スケールが大きな話でびっくりしちゃいますが、その成り立ちは1985年の通信の自由化だったそうですね。

三上 自由化を契機に立ち上がった3社の衛星通信会社が、合併や社名変更を繰り返し、2008年にスカパーJSATが発足しました。現在弊社の事業部門は宇宙事業とメディア事業の大きく二つに分かれています。これは、衛星通信の会社と衛星放送の会社が合併した経緯によるものです。

知花 宇宙事業では、どんなことをなさっているんですか?

三上 「スカパー!」の番組伝送はもちろんですが、地上波放送の中継回線や、災害時の通信インフラの提供を行っています。そのほかにも、海上の客船や、最近であれば飛行機でインターネットが使えるのも、弊社の衛星サービスによるものです。

武田 飛行機内のインターネット、とても助かってます。

三上 そういういろいろなサービスを提供するために衛星を運用していまして、それを24時間、365日管制するための管制センターが、日本に3ヵ所(収録時点)あります。

テレビにお金を払う文化をつくる

知花 三上さんが所属されているメディア事業では、どんなことをなさっているんですか?

三上 先ほどテレビコマーシャルのお話を出していただきましたが、「スカパー!」というサービスが中心の事業になります。

知花 現在の加入件数ってどれくらいなんですか?

三上 現在は約320万人(収録時点)のお客さまに加入していただいています。

武田 アメリカなんかでは、昔から有料チャンネルは当たり前にありましたが、日本にはなかった。そうすると、視聴習慣ごと伝えていく必要があったわけですよね?

三上 「スカパー!」の放送開始は1996年のことで、僕はまだ入社していなかったんですが、当時いたメンバーからは、やはり、テレビをつければ無料で地上波が観られる日本において、テレビにお金を払うという文化はなかなか根付かなかったと聞いております。

知花 何をきっかけに広がっていったんですか?

三上 加入件数を大きく伸ばしたのが、イタリアのサッカーリーグであるセリエAの放映権を獲得した時だと聞いています。当時の人気コンテンツはプロ野球や格闘技、韓流ドラマだったんですが、新規加入のお客さま数は月間3万件前後で推移していました。「スカパー!」がセリエAの放映権を獲得したのは、ちょうど中田英寿選手がペルージャに移籍した翌年のことで、5ヵ月間で37万件のお客さまに加入していただきました。

知花 まぁ、すごい!

武田 日本の視聴者がリアルタイムでセリエAの全試合を観られるようになった。日本のサッカーのレベルが上がった可能性がありますよね。

三上 今でもそうなんですが、日本のサッカーのためにというのは、脈々と受け継がれています。ただ単に試合を中継するだけではなく、日本にサッカーを根付かせたい、日本のサッカー、日本代表を強くしていきたい、ワールドカップに出たいという想いの一助になれればという気持ちは、当時からあったと思います。

知花 サッカーへの熱い想いのお話が出ましたが、転機があったのでしょうか。

三上 なんといっても大きかったのは2002年のFIFAワールドカップの日韓大会ですね。全64試合の放映権を獲得するだけでなく、「スカパー!」らしい、これまでにないサッカー中継の形にトライしました。

知花 どういう中継だったんですか?

三上 普通サッカー中継というと、フィールドを横から見て、両サイドにゴールがあり、ボールは左右に行き来するイメージだと思います。それを、例えば一つのチャンネルでは、ゴール裏からの視点で、ボールが向こうに行ったり手前に来たり、縦に動いて見える。

知花 アングルを変えたわけですね。

三上 ほかにも、ベンチだけを映しているとか、当時人気があった中田選手やデビッド・ベッカム選手をずーっと追い続けるとか。1チャンネルはスタンダードな映像、2チャンネルは縦長の映像、3チャンネルはベンチだけ、4チャンネルは中田選手だけといった形で、一つの試合を3〜4チャンネル使って中継したこともありました。

武田 贅沢なチャンネルづかいですね。

三上 「スカパー!」がサッカーを放送していることが浸透してきたタイミングにこの挑戦をしたことで、「チャンネル数が多い」という「スカパー!」ならではの魅力を伝えることができました。その意味でこの挑戦は大きかったですね。

「サッカーのスカパー!」として飛躍

知花 サッカーファンにとって「スカパー!」が無視できない存在になったわけですね。その後はどんな展開をされたんですか?

三上 2007年からは国内のJリーグですね。J1リーグだけではなくJ2も含めて、全試合放映権を獲得しました。合わせて社内にJリーグ推進部という部署ができて、「ホームはスタジアムで、アウェイはスカパー!で」という理念のもと、活動していました。

武田 なるほど、ホームの試合は地元でやるからスタジアムで観戦して、アウェイの試合は「スカパー!」で観てくださいということですね。

知花 Jリーグって90年代にすごく盛り上がりましたが、2007年当時はどうだったんですか?。

三上 Jリーグが始まった当初は地上波でも中継がありましたし、日本中が盛り上がったんですが、その後は中継がなくなっていき……。そこで「スカパー!」が全試合放送することで、もう一度Jリーグを盛り上げようと。先ほど申し上げた、日本のサッカーを強くするという考えのもと、世界のサッカーだけでなく、Jリーグの中継は必要なことだという判断で放送を開始したわけです。

知花 じゃあ、もうサッカーへの熱い想いのみで。

三上 そうですね。当時は、まずは地域のサポーターのために、第二にクラブのために、第三にリーグのために、第四に日本サッカー界のために、最後にスカパー!のために、という姿勢でした。これには理由があって、スタジアムにお客さんが増えないと、「スカパー!」のJリーグの視聴プラン加入も増えないのがわかっていたんです。

知花 そうか。まずはファンになっていないとアウェイの試合まで観ようと思わないから。

三上 はい。Jリーグ推進部の活動を見ていると、どうしたらスタジアムが埋まるだろう、とクラブの人と打ち合わせをしていて、スカパーJSATの人間なのか、クラブの人間なのかわからない、ということもありました。

知花 三上さんは、日韓ワールドカップが開催された2002年に、スカパーJSATの前身の一つであるスカイパーフェクト・コミュニケーションズに入社されたんですよね。入社後、9年間は営業部で家電量販店の担当をされていたそうですが、会社としても、三上さんとしても、Jリーグへの熱い想いがあったわけですよね。

三上 はい。当時私は、大阪と広島に本社がある家電量販店さんを担当していました。

武田 大阪と広島といえば、ガンバ大阪とサンフレッチェ広島がありますね。

三上 はい。先ほどのJリーグ推進部と同じように、家電の営業担当でありながら、頻繁にクラブにお邪魔して、週末の試合で行う施策の打ち合わせをしていました。例えば「キッズインタビュー」というのをやりました。家電量販店で「スカパー!」に加入していただければ、抽選で試合の前日練習の見学に招待され、選手にインタビューができるというもので、その様子は翌日の試合中継のハーフタイムに放送されます。僕も何回も同席しましたが、お子さんはもちろん、親御さんがすごく喜んでくださって、「スカパー!に入って良かった」と、お声掛けいただくことがよくありました。

スカパーJSAT_衛星デジタル_Jリーグ

左/1996年に日本初の衛星デジタル多チャンネル放送本放送「パーフェクTV!」を開始。
右/2007年に優先放映権を獲得して以来10年にわたってJリーグの試合を放送。「サッカーのスカパー!」としてファンにはおなじみの存在だった。

スカパーJSAT_オンデマンドサービス開始

「スカパー!」を手軽に視聴できるオンデマンドサービスも開始。時代に合わせ、サービスの充実を図っている。

スカパーJSAT_災害時の通信インフラ_通信サービス

災害時の通信インフラ、海上や機上での通信サービスなど、さまざまなサービスを提供するために、17機(収録時点。2020年6月現在19機)の衛星を運用。3ヵ所の管制センターで管理している。

「#ありがとうスカパー」

知花 ものすごい地元密着型だったんですね。これまでのキャリアの中で、三上さんにとって特に印象的だったことは何ですか?

三上 やはり、2016年に長年一緒になって育ててきたJリーグの放映権を失ったことは、非常に衝撃的で、印象深い出来事でした。

知花 えっ、こんなに熱くやってきたのに……。何があったんですか?

三上 海外の動画配信会社がJリーグと10年にわたる放映権を結んだことにより、スカパーJSATは放映権を失い、お客さまも数万件の単位で失ってしまいました。

武田 10年の放映権ですか!?

三上 はい。でも、印象深いと申し上げたのは、失ったというマイナスの要素だけではありません。その時にJリーグセットに加入されているお客さまに対して当時の社長だった高田が手紙を送らせていただいたんです……。

知花 私たちの手元にそのお手紙があるんですが、これが社長から直々に届いたわけですね。「来季からJリーグのオフィシャルブロードキャスティングパートナーではなくなりますが、スカパー!はこれからも、Jリーグが、そして日本のサッカーが発展していくお手伝いをさせていただきたいと心から願っています」と。そして、「これからもずっと、この国のサッカーと共に」と締めくくられています。

三上 我々の素直な気持ちを込めたメッセージでしたが、これが届いた頃からTwitterに「♯ありがとうスカパー」という投稿がたくさん出ていて、今まで僕らがやってきた活動はサポーターの皆さんに理解され、受け入れていただいていたんだな、というのを改めて感じました。そして、サポーターの皆さんの期待を裏切らないために、今僕らができることは何だろうというのを、これからも常に考えていかないといけないなと思いましたね。

知花 大きな出来事だったと思いますが、何か変化したことはありましたか?

三上 私たちは、ややもすると、コンテンツさえ提供していればいいという風になりがちなんですが、今回の件でお客さまの気持ちを大切にすることがいかに重要かがわかりました。そこで、2018年の年始、高田がこれまでの「コンテンツ至上主義」「お客さま至上主義」に代わる新しい経営理念と行動指針をつくろうという提案をしまして、半年をかけて全社員がワークショップに参加し、「Space for your Smile」というグループミッションを策定しました。

Space for your Smile

武田 「Space」は宇宙ですか?

三上 宇宙もですが、空も、海も、陸も、家族が集うリビングも、一人の自由な場所も、これらすべてのスペースが笑顔で満たされるようにという想いが込められています。

武田 なるほど。宇宙を意識しつつ、その価値をメディア事業でローカルに生かしていく。宇宙とローカルのギャップに、スカパーJSATさんの遺伝子があるように感じます。

知花 新たなミッションのもと、現在はどういったことに力を注がれていますか?

三上 お客さまの声をいかに傾聴し、サービスやコンテンツに生かしていくか。お客さまのニーズを普段の会話から探り出すために、最近ファンサイトを開設しました。

武田 「for your Smile」の、スマイルの実態を捉まえにいくということですか。

知花 ファンサイト。どういったものなんですか。

三上 サイトに登録いただいて、「スカパー!」の番組について好きなことを語ってもらうというものです。こんな番組は自分しか観ていないんじゃないか、と思うようなものになればなるほど、熱狂的なファンがいるもので、その人たちがつながる場ができている。そういうコミュニケーションを傾聴し、我々にできること、お客さまが笑顔になることを考えていくことが大事だと思っています。

知花 三上さんがプロモーションの現場に言い続けていることもあるそうですね。

三上 はい。お客さまやコンテンツのファンの方から「さすがスカパー、よくわかってるよね!」と言ってもらえるような提案をし続けてください、と言っています。例えばJリーグのときは「待っているのは、最高の週末だ!」というコピーを使っていたんですが、我々が放映権を失った今でもサポーターに支持され使われています。そうしたクリエイティブのためには、コンテンツへの愛とファンへのリスペクトが重要な要素だと思っていて、実は「コンテンツ至上主義」と「お客さま至上主義」につながっている。言い方は変われども、脈々と受け継がれていけばいいなと思っています。

知花 最後に、皆さんに伺う質問ですが、100年後の未来、スカパーJSATはどんな会社になっていると思いますか?なっていてほしいですか?

三上 今回非常にいい機会をいただいたので、僕だけではなく部員みんなで考えようと思いまして。実は今日持ってきました。それぞれが100年後の想いを書いているので、よろしければご覧ください。

知花 わあ、初めてですね、社内で聞き取りをしていただいたの。「100年後のスカパーJSATはマニアにとって信頼され、欠かせない存在になっている」「100年後のスカパーJSATは、ずばり、宇宙を代表するリーディングカンパニーになっています」「火星と地球の架け橋」。やっぱりスケールが違いますね!

武田 普通に「宇宙」という言葉が出てくるのがすごいですね。

知花 こういうのもありますよ。「100年後のスカパーJSATは、大人になったらこの会社で働きたいと子どもたちに思われる会社です」。

三上 宇宙についてイメージしているものと、エンターテイメントについてイメージしているものがあるんですが、何となく笑顔、スマイルというのは共通しているかなと。

知花 三上さんの思う100年後っていかがですか?

三上 僕はやっぱり今以上に人々を笑顔にする集団になっていたいという想いがあります。ミッションをつくったときに、新たな行動指針もつくりましたが、その最後に「大切な人に自分の仕事を語れるように」っていうのがあるんですね。これは、部員のコメントにもありましたけれど、自分の子どもたちがいざ、就職活動をする時に、お父さんがいた会社ってどんな会社なんだろうって調べたとして、こういう仕事をしたいって思えるような事業、ビジネスをやっている集団、会社でいたいなと思っています。

会社情報
スカパーJSAT株式会社