伝統と IT で支える「いつもの幸せ」
L I X I L
<ゲスト>常務役員 / Marketing 部門リーダー 安井 卓さん
※2021年収録
住宅建材からエクステリア、水まわりに至るまで日本の住環境を牽引してきた五つの企業が統合。
五万人の社員が混ざり、暮らしの未来を支えます。
知花 LIXILは、水まわりの製品および住宅建材のメーカーさんです。設立から一〇年で大きな進化を遂げ、現在はなんと、一五〇カ国以上で事業を展開していらっしゃいます。さっそくLIXILの成り立ちから、教えていただけますか?
安井 LIXILは二〇一一年に、トステム、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアの五社が統合して誕生しました。
知花 どれも聞いたことのある、一流の会社さんばかりですね。それぞれについて、簡単にご紹介いただいてもよろしいですか。まずトステムという会社は、どういう会社なんでしょうか。
精鋭五社が一つに結集して発足
安井 トステムは、木製建具の小売業からスタートし、やがて自社で高品質のアルミサッシをつくるようになって、目覚ましく発展しました。
INAXはもともとタイルの製造会社でした。のちに国産初のシャワートイレを開発し、今では日本を代表する衛生陶器の会社として知られています。
知花 サンウエーブ工業は、キッチンで有名ですね。
安井 ええ。高度経済成長期の公団住宅に、システムキッチンが採用され、この会社が初めて製造したステンレスの深絞りシンクは、庶民の憧れになっていきました。それから、東洋エクステリアは、庭や門まわりなどの外構が専門です。やはり日本初の人工木デッキを開発し、その後も日本の気候に合ったエクステリア製品を、次々と発売しています。
知花 そして新日軽ですね。
安井 新日軽も、アルミのサッシ製品をつくっていた会社で、高層ビルの先進的なカーテンウォール(軽量外壁)などを得意とする大手です。
武田 それぞれの会社が、それぞれの分野で、イノベーションを起こした歴史を持つんですね。そういう企業が五社も、LIXILとして結集したのだからすごいことです。
安井 私も入社してまだ四年ですが、改めてすごい会社たちが統合したんだなと思います。
武田 聞くところによると、トステムは伝統的にトップのリーダーシップで突き進むような文化があって、INAXはどちらかというとみんなの合意形成で物事が進んでいくと。そんな異なる文化を持つ会社が一つにまとまったら、面白いことが起きそうですね。
安井 まさに、そうなんです。五つの会社がそれぞれ違うから、いろいろな可能性が開けていくんだろうなと感じました。
知花 安井さんは、もともとITのエンジニアでいらっしゃるんですよね。そのエンジニアとしてのお立場からは、五つの企業にどんな印象をお持ちですか?
安井 例えば、トステムが大きくなった一つの理由は、システムだったんです。七〇年代後半から八〇年代に販売系のシステムをつくって、商品を売ってくださる方々に使っていただいた。サンウエーブも八〇年代に電脳住宅をつくろうということをやった。キッチンにテレビがついていて、レシピが見られるというような。今ならiPadやスマホがいくらでも使えますけど、インターネットが世に出る前ですから。
知花 すごい! 四〇年近くも前なのに、未来を予知したかのようですね。
社長の手腕と理想に惹かれ転職
知花 安井さんがLIXILに転職されたのは、何がきっかけだったんですか?
安井 実は僕が以前いたMonotaROという会社は、LIXILの現社長、瀬戸欣哉が創業した会社なんです。その頃から瀬戸さんと仕事をする機会があったんですが、彼は尋常ならざる鋭さを持った優秀な経営者で、我々が困っていると実に的確なアドバイスや指示をくれるんです。しかもスポーツマンで朗らかで、人間として魅力的なんですよね。知れば知るほど、この人ともっと仕事がしたいという気持ちが強くなりました。
知花 部下の方にそんなふうに思われる上司って、貴重ですよね。
安井 その彼が、二〇一六年にLIXILの社長に就任することになりました。行っちゃうんだと、悲しかったんですが、その後連絡をもらって、「一緒にLIXILを助けてほしい」と。それで僕は決断する前に、一つ瀬戸さんに質問をしたんです。
知花 どんな質問ですか?
安井 「なぜ瀬戸さんは、LIXILの社長を引き受けたのか」と聞いたんですよ。すると瀬戸さんは、「LIXILは社会へのインパクトがすごく大きい会社だから、これをしっかり成長させていくことが、社会課題の解決につながる」とおっしゃった。
知花 迷いがないですね。
安井 瀬戸社長と働けて、そのうえ社会課題の解決にも役立つ。それならばと、LIXILへの転職を決めました。
大企業のコミュニケーション改革
知花 瀬戸さんや安井さんがおっしゃる社会課題って、例えばどんなことですか?
安井 例えば今、世界の五人に一人は、安全に使えるトイレがないんですよ。どこか道端で用を足さなきゃいけなかったりする。
知花 五人に一人ってかなりの比率ですよね。
安井 LIXILは世界一五〇カ国でビジネスをしています。そういう会社が、衛生環境を改善する製品を提供したり、新しいアイデアを出したりすれば、課題の解決は進みます。世界の衛生環境が改善されれば、死亡者も減っていくでしょう。そんなふうに、世界が良くなる手助けができる会社なんです。
知花 瀬戸社長は、LIXILをどんな会社にしたいと思われたのでしょう?
安井 起業家精神あふれる会社にしたいと言っていました。起業家精神ってすごく単純化して言えば、自分も船を動かす一員になることです。乗客ではなく、自分が船を動かすんだという気持ちで仕事をすることだと思います。
知花 社員一人ひとりが、起業家の気持ちを持つ。そんな会社を目指したんですね。
安井 ただ、合併した五社は、それぞれ立派な歴史のある企業で、先ほどのお話にもあったように、それぞれ独自の文化を持っています。しかも大企業は、どうしても縦割りになりがちですから、隣の「島」がどんな仕事をしているのかも、わからないといった状況がありえます。
知花 それはまた悩ましい。
安井 みんなが自分の仕事しか見えていなければ、なかなか会社全体のことにまで考えは及びません。本当に起業家精神あふれる会社になるには、情報がちゃんと入ってきて、自分も伝えられる環境が必要なんです。
知花 情報共有、大事ですよね。
安井 それができると「君がやっているその仕事、僕はこういう形で助けられるよ」とか、逆に「ここ困っているんで、誰か助けてくれない?」とか、もっと効果的に協力し合えるようになりますからね。
知花 その思いを実現すべく、安井さんがなさったことが、いろいろあるとか。
安井 僕はエンジニアなので、まずは技術でコミュニケーションの改善を図りました。
知花 どんなふうに?
安井 コミュニケーションツールを使うんです。でもLIXILは、日本だけでも数百カ所の拠点があるから、これが一筋縄じゃいかない。いろんなツールを試した結果、Facebook社(現Meta)が出している Workplace を使うことにしました。
Facebook は、世界で約三〇億人が交流するプラットフォームです。当社は五万人以上の従業員がいるけれど、この方法なら使えると思いました。
武田 五つの会社の人たち全員が、Workplace によって、同じLIXILとしてつながった。
安井 そうです。五万人の中には、いろんな問題意識を持っていて、みんなと話し合う機会を求めている人たちもたくさんいます。そんな彼らを起爆剤に、どんどんコミュニケーションが広がっていきました。
知花 でもその一方、瀬戸社長が安井さんをLIXILに誘ったということは、ほかにミッションがあったのでは?
安井 僕はもともと、Marketing に関して攻めのITをやるために入ったので、本来のミッションは、そっちなんです。でも社員間のコミュニケーションも、ITの力で解決できるんじゃないかと思って、あえてMarketing セクションから「越境」して、社内広報などの人たちと協働したわけです。
武田 国境を越えたEC(電子商取引)を、「越境」と言いますけど、社内でもセクションを乗り越えて仕事をすればいいと。ITご出身ならではの発想ですよね。
安井 情報が連携していない、いわゆるサイロ化した組織では、越境自体が改革です。「起業家精神ってこういうことだよ」と、行動で示したかったというのもありますけどね。
知花 すごい。
安井 セクションを乗り越えて、他部署の技術や知見に触れて初めて、それらを全部融合させ、有効に使って、課題を解決するというアプローチが可能になるんです。
武田 セクショナリズムを取っ払うと、すごくハイコンテクストな情報共有が可能になる。そのことを、安井さんは自ら体現されたわけですね。
2011 年、日本を代表する 5 つの建材・設備機器メーカー(新日軽、INAX 、トステム、サン ウエーブ工業、東洋エクステリア)が合併して、LIXIL が誕生した。
「実験し、学ぶ」ことから始まる
知花 LIXILの企業理念について、教えていただけますか?
安井 まず「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」という、LIXIL Purpose があって、その実現に向けた三つの行動が、LIXIL Behaviors です。「DO THE RIGHT THING(正しいことをする)」、「WORK WITH RESPECT(敬意を持って働く)」、そして「EXPERIMENT AND LEARN(実験し、学ぶ)」の三つですね。
知花 こういうところに企業理念が表れているなと、感じることはありますか?
安井 特に感じるのは、「実験し、学ぶ」でしょうか。一つはクラウドファンディングです。アイデアをもとに試作品をつくり、クラウドファンディングに上げて、皆さんに評価してもらうんです。
知花 クラウドファンディングで、お客さまの反応を見るっていうことですか?
安井 そうです。クラウドファンディングのいいところは、新製品が市場に出る前に、お客さんの判断が、かなり正確にわかる点です。
武田 クラウドファンディングだから、試作品を見た人がいいなと思えば、実際にお金を出してくれるわけですよね。だから一般的なアンケートより、ずっと正確な反応がわかる。まさにITの世界でいう、リーンでアジャイルなアプローチですね。
安井 ええ。IT企業のやり方を、製造業にも応用しようとしているんです。
知花 リーンでアジャイルって、何ですか?
安井 リーンっていうのは、最低限のコストと短いサイクルで仮説の構築と検証を繰り返しながらニーズを探りあてること。アジャイルは、開発工程を機能単位の小規模なサイクルで繰り返して開発を進めていくことです。お話ししたようなやり方は、いわばアジャイル開発で、ちょっとずつ製品をつくってはお客さんに見ていただき、確認と修正を繰り返すことで、無駄なくスピーディーに結果が出せるんです。
知花 開発の過程にお客さまからのフィードバックが組み込まれ、改良していけるということなんですね。アイデアをパッと実験する。大企業とは思えないフットワークの軽さです。
安井 開発に時間がかかってしまうと、時代にマッチしなくなるおそれがありますからね。確認と修正を繰り返しながら開発すれば、結果的に、「そうそう、こんなのが欲しかったんだよね」って納得してもらえる製品が、効率よくつくれるわけです。
武田 製造や販売の仕事は、昔からずっとある分野ですが、IT的な発想と手法を取り入れれば、これだけドラスティックなDXが実現できるんですね。
安井 もちろんソフトウェアと違って、実際の製品はつくり直しが大変です。でも、試作品をつくってクラウドファンディングに上げてみるというやり方なら、ソフトウェアに近い形でモノをつくることができる。我々はそうやってトライしています。
知花 でもクラウドファンディングで、あまり反応がよくなかったら困りますね。
安井 もちろん失敗したものもありますよ。でも、それこそが実験です。「商品化するからには、絶対に成功させなきゃいけない。だから時間をかけてつくり込むんだ」っていう文化から、「失敗してもいい。むしろさっさと、安く済む段階で失敗しよう」という流れがつくれているのが今の状況です。
知花 成功した商品には、どんなものがありますか。
安井 「にゃんぺき」という製品がそうですね。「猫壁」と書くんですが、壁にマグネット式のキャットウォールをポンポンと付けられる、キャットタワーの壁版みたいなやつです。ペットブームとはいえ、果たしてどれくらい価値があるのか、見当もつきませんでしたが、結果は大受けでした。
みんなの「いつも」を幸せに
知花 LIXILブランドには、とても素敵なキャッチコピーがあるそうですね。
安井 「いつもを、幸せに。」というキャッチコピーは、皆さんの生活の「いつも」を、幸せなものにしたいという願いです。家に帰って、家族と過ごす。温かいお風呂に入る。ふだんの暮らしの中で、ふと感じる幸せって、実はたくさんあると思うんです。建材や住宅設備を提供する企業として、そういう幸せを皆さんに感じてもらえると嬉しいですよね。
知花 「おうち時間を幸せに」というのも、このコロナ禍では心に染みます。
安井 家にいる時間が増えれば、いろんな課題や問題点にも気付きやすくなりますから、我々がつくる商材で解決できればと思います。
知花 地球の未来に向けた取り組みもなさっているとか。具体的にどんなことですか?
安井 例えば発展途上国向けに、SATOというプラスチック製の簡易トイレを、CR活動として提供しています。
SATO事業は現地のメーカーやNGOと連携し、現地での生産・販売体制の構築を進めています。
Make(つくる)、Sell(売る)、Use(使う)というサイクルを回し続けることで、地域に雇用を生み出し、自立的・継続的な衛生環境の改善を可能にしています。寄付はその時かぎりで終わりですが、ビジネスを育てれば、そこから得る恩恵は長く続きます。我々がやろうとしているのは、サステナブルな施策です。
知花 お手洗いの問題に着目してくださって嬉しいです。開発途上国のトイレは暗くて、村の端っこにあることが多いので、女の子が襲われるという問題もありますから。
安井 SATOという商品名は、Safe Toilet からきているんですよ。本当に、いろんな意味で「安全なトイレ」として、普及してほしいです。ほかにも、わずかな水できちんと手が洗える、ペットボトルを使った仕組みを考案して、SATOと同じく、開発途上国で活用してもらっています。
知花 途上国ではきれいな水が本当に貴重ですから、すごく助けになると思います。最後の質問です。
LIXILさんは、一〇〇年後、どんな会社になっているでしょうか。
安井 「いつもの幸せ」を提供し続ける会社であってほしいですね。一〇〇年後の未来も、それが当社の変わらぬ企業理念だと思っています。
会社情報
株式会社LIXIL
ゲスト
安井 卓(やすい・たく)
2001年名古屋大学工学部卒業後、VA Linux Systems Japan 株式会社入社。唯一のエンジニアとして、Slashdot Japan(現スラド)、SourceForge.JP(現OSDN)の2サービスを立ち上げ、開発・運用・サポートを担った。2010年、楽天株式会社入社。楽天のサービスの全文検索プラットフォームの開発・運用を担当。2014年、株式会社MonotaRO入社。執行役IT部門長として、会社のIT全般を統括。2017年、株式会社LIXIL入社。デジタルサービスの充実化・改善や自社開発のためのプラットフォーム構築に従事。